
日中はアタカラリダンスカンパニーの写真撮影
につき合ってスタジオでごろごろ。
ギリギリまで撮影して、夕方ハウスに帰り、荷物をまとめ
夜7時半、カンパニーディレクターに挨拶して
日本人5人、車で送られ
飛行場へ向かう。

飛行場には沢山の薄型テレビがあるのだが何も映っておらず
ゲートの掲示もなく
いきなり人が並びだし
そのうち横入りの人も溜まりだし
聞いてみるとタイ航空とシンガポール航空がほぼ同じ時間に出発するのだが
ひとつの扉からごっちゃに入れてしまっているので
大混乱である。
しかも、係員は2人しかいない。
さすがインド。
最後まで面白い。

相方含め私以外の4人はテクニカルアーティストとして
インドコンテンポラリーダンスのインドツアーにどっぷり漬かっていた訳だが
私だけ今回は本当に全くダンスに関係ない時間を過ごしたなあ。
人間の時間を学習させてもらった。
生きることと、死ぬこと。
迎えること、送ること。
受け取ること、受け渡すこと。
人間の基本みたいな当たり前のこと。
以前より少し楽になった気がする。
手塚治虫の「仏陀」のシーンなんかが頭の中を度々過りましたよ。
すごいな、手塚治虫。
- 2008/02/22(金) 14:39:20|
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治療後2日間ばかり
心底へろへろのゆるゆるであったのだが
今日はさすがに最終日。
結婚祝いのお礼も兼ねたお土産探しの残りなど
とにかく、こぼしのないように!
との義理堅い一念から
買い物魂を燃焼させ
奇跡の生還を果たす。
「アーユルベーダの効果が一瞬にして世俗にまみれたなあ」
などと揶揄されつつ
三輪オートに乗ってランチも摂らずに
ショッピングラストスパートでしたよ。
夜は町の反対側に住んでいるカンパニーマネージャーさんの豪邸で
打ち上げパーティー。

といっても、今回のインドツアーには私は参加していないので
おまけで呼ばれただけなんだけど
宴の最後に1人1芸みたいな時間があって
歌ったりしていたのだが
お礼に歌に便乗してちょい踊りました。
抑えめに動いたけど
動いてみるとまだ身体は正常ではない
尋常さが感じられ
面白かった。
まあ、今月一杯、急がず慌てず、安静にしています。
- 2008/02/21(木) 14:28:17|
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バンガロールへ向かう車中では、寝台ベッドの座席を巡って
インド的おもしろ経験をさせてもらった。
世話してくれたインド人夫婦に車両まで送り届けられ
座っていると、同じ寝台らしきインド人シスターが
ちょい人相宜しくないのが気になったが
わかりづらい英語で話しかけて
隣の人相の良い子どもずれの母親が訳してくれたのだが
「自分は先に降りるからベッドを変わってくれ」
と言っているらしい。
どうしたものか決めかねていると
さっさと自分の枕を私のベッドへ放り投げる。
ちなみに、私のベッドは1番下、彼女は1番上である。
一度はあきらめて上に上がったものの
考えてみれば料金も上から下へ上がってゆく。
先に降りるったって一晩寝た後じゃん。
こりゃあやられました。
交渉術。
昼間寝すぎて眠れず、隣のベッドの1番下が空いていたので
そちらへ移り、車窓を楽しんでいると
後の停車駅から乗って来た腕に三角巾をした乗客が
「自分は真ん中のベッドなんだが怪我をしているので代わってもらえないか?」
と言う。
自分の席はあの女性が寝てしまっているので
誰のベッドか知らないけど
と、代わってあげ、真ん中のベッドから首だけ出して少し視界は限られたけども
眠れぬまま車窓を楽しむ。
すると車掌がやってきて、先の三角巾の男にチケットはどこか?
と問いただす。
真ん中だが腕が悪いので女性と代わってもらったとかなんとか
言っている模様。
車掌はしばらく待ってろとどこかに行き、しばらく三角巾は座って待っていたが
そのうちにそのままで良いと言うことになったらしく
眠りにつく。
1番下の一番高いお金を払った乗客は一番最後に乗って来て
事前に含みおきがあったのかなかったのか
文句も言わずに向かいの1番上の本来はシスターの席だったベッドで眠るハメに。
一部始終が収まるまで頑なに熟睡をしていたシスターも
2時半頃、ようやく全ベッドが収まると
むっくりと起き出し
トイレに。
まだ寝れなかった自分は追いかけて行って
トイレ前で再交渉。
「本来買った席なので返して欲しい」
としぶとく言うと
はらわた煮えくり返る様子ながらも
しぶしぶ合意してくれた。
といっても、真ん中ベッド。
自分で買ったチケットよりはいいんじゃん。
朝、無事にシスターも先に降り、
一部始終を目撃しながら、私が事の次第では、
真ん中のベッドからさらに
一番上に戻ってやろうかと身体を起こしかけた時
こっそり「もういいから寝てろ」とばかりに
手振りで制してくれた若い母親とお互い言わぬが花なまま
温かい言葉を交わし
夜のお騒がせのお詫びにと
子どもに手持ちのボールペンなんぞプレゼントして
駅に降り立った。
本当に、インドって面白い。
というか、お騒がせな要因は自分のあやふやさであったか;
ううむ。さすが、ベイビー日本人。
**************

朝6時半に駅に着くと、相方がタクシードライバーと一緒に迎えてくれた。
ゲストハウスに戻って朝食を食べに行こうとした所
再び身体の細胞がしゅわしゅわとゆるくなりだるくなり
力が入らずぐったり横になる。
1日中そんな感じでどうにもこうにも
身動きできず。
私の到着を待って一緒に観光しようとしていた相方は
ぐったりごろごろしている私につき合って
やむなく家の中でガイドブックを精読し
バーチャルインドツアー。
夕飯は近所でパーティーに招かれていたでので
なんとか起きてゆるゆると出かけたら
そこに来ていた哲学者夫婦が、ケララ州を観光中に
偶然出会った聖人からあの治療院を勧められ
行ってみたら良かった
という出会いがあった後に
日本の私からアーユルベーダの問い合わせがあったので
紹介したのだという。
いやあ、本当に良い所でした
どうもありがとう
などとお礼を言う。
いろいろと面倒見たり手配してくれた人の誰も行ったことのない施設に
どうして来れたのだろう?
と今まで不思議だったのだが、そういうつながりがあったとは。
全てはつながっているようですわあ。
- 2008/02/20(水) 14:13:07|
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「松本さん1才のお誕生日おめでとう」
というメールが日本の住職から届く。
ほほお〜そういえば。
ということは、人生再出発の仕切り直しのための
御祓アーユルベーダ10日間だったわけか?
あの治療院では、人間としての根本的な人生を
始めから終わりまでなぞってきたような気がする。
本当に、特別な場所と時間でした。
最後のチーフドクターの治療は時間を置いてじんわりと体全体に浸透していっているようだ。
細胞レベルでなにやら新反応が起きている感覚。
新しくひらけた身体にまだ自分が馴染んでいない
そんな不思議な感じ。
決して悪い感じではないけど
なんとも言葉に尽くし難い新感覚。
「治療の後は2週間位は安静にして日光にもあたらないように」
とくれぐれも言われ
昨日はさほど大した事無かったが
時間を置いて身体が大きな変化をして
それにまだついていけていない感覚が
じんわりと訪れる。
驚きの初体験を味わいながら
日中はずっと喰っちゃ眠りを繰り返し
これまた新生児のようである。
それでも夜には普通に夜行列車に乗り、バンガロールへ。
- 2008/02/19(火) 13:59:58|
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今朝の治療はチーフドクターのラビ氏自ら。
最後に一度くらいちゃんとしたマッサージができる担当を
とリクエストしようと思っていた所であったが
リクエスト前にこちらの心を読んだかの様に
最高級のものが与えられたことになる。
おそるべし、インド。
ヒンドゥー教関係の言葉の中に
「神様はあなたの望むものではなく、あなたに必要なものを必ず与えてくれる」
という文章があるのだが、今回は正しくその通りであったと言える。
何も無理強いしたり焦ったり文句を言ったりする必要もない。
本当に人それぞれにぴたりと適宜、与えられるものであった。
それを非常にうれしく思う。
で、結果。
かなり凄かったです。
びっくりです。
こんなに違うものなのか〜。
最後の最後に経験出来て良かったわあ。

******
ちょい感動に浸りながら朝食を摂っていると
電話が鳴り、インド人夫婦から。
明日、チェックアウトして彼等の家に行き、
夜行列車で帰る予定なのだが
「明日はストライキがあり、
それに反した走行車は石を投げられたり
危険な場合もあるので
急遽、今日中にこちらへ移動するよう手配したから
荷物を詰めて準備するように」
と言う。
夕方5時にタクシーだとか。
時計は11時。
マジですか?!
慌ただしく荷造りをする。
支払いやら残る人々への挨拶やら
あっという間に時間が過ぎて行った。
今夜は最後の晩餐で患者仲間に
今朝の特別治療体験の話しなど
ゆっくりしようと思っていたのに;
考えているより少し早めに終わりはやって来る。
1番長く一緒にいたオランダ人のアナに別れを告げに行きがてら、
彼女にサディ朱に教えてもらった薬工場を案内する。
種族の長老が世代交代する時に
情報を渡してゆく様子みたいだねと
可笑しかった。
車が出発する時にも最古参となるアナと新人のターニャが一緒に見送ってくれた。
- 2008/02/18(月) 22:03:55|
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昨日、隣のスウェーデン人2人が旅立っていった。
いつの間にか自分が一番の古株である。
ビバ、入院生活。
研修医のサディシュが薬工場を案内してくれた。
女性達が釜湯でたり
丸薬を丸めたり
全て手作りの工場と
男性が調整している古風な練り器械やオーブンのある工場と。
男性においては、アーユルベーダで不治の病が治った人が
そのまま住み着いて働いているらしい。
*************
サディシュはまた、
地元の外来患者治療室にも呼んでくれた。
骨の病気で自分では立つ事も歩く事もできない少年が
枯れ枝のような身体にマッサージを受けている。
他に何の処置のしようがないのだという。
西洋医学的には余命も幾ばくもないのであろう。
「外人を見てみたい」と言ったのだと言う。
紹介され、挨拶し合った後、
ドクターが電話で席を外し
少年と2人だけになったが
この時程、自分の中の笑いネタを渇望したことはない。
彼の笑顔を作るには何をしたらいいだろう?
せめて笑わせてやりたいなあ
とりあえず、この時の苦肉の策は、
親子の写真を撮って見せて上げるということであった。
親子して、うれしそうに笑ってくれた。
ああ。ありがとう。日本のカメラ。

*****************
そして、思いがけず今日から研修医の2人は水曜まで卒業式云々で
治療院から3時間程の故郷クチンへ旅立つと言う。
おいおい、見送られるはずだった私が、先に君らを見送るんかい。
こういう肩すかしも、JOU的にはよくある話である。
とはいえ、彼らの粋な計らいで
旅立ちの前に、生ココナッツを飲ませてくれた。
切れ味の悪そうな鉈で飲み口を上手く切り取るのだが
入院患者が結局その場に全員集まって
日曜日のちょっとしたエンターテイメントに。
こうやっていつの間にか自然に
なんとなしにゆ〜るゆると、
点在する人の垣根を越え、
全員巻き込んで楽しむというのは
自分の人生においてよく起こる現象だわあ。
でもってハートフルな研修医2人に送る言葉。
「心配せずとも技術や経験は後からついてくる。
目の前の患者に意識を集中して最善を尽くせぇい!」
正直、マッサージの技術に関しては
日々、どうも物足りなかったが、
アーユルベーダそのものが筋肉に働きかけるということよりも
心身のバランスを探すということなわけだし、
こちらも心の休息が取れればいいかな
と思って今回は良しとしていた。
まあ、Good Heartという点では、彼らもすでに良い医者ではある。
彼らの未熟な点がリフレクションとなって
我が身に気づいた事
沢山あったなあ。
もはや他人とは思えない良い出会いでありました。

- 2008/02/17(日) 16:17:49|
- 2008 India
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